「まだ名前がないようなちょっとしたことをこの世界から探し出して作品にしたい。」写真家 川島小鳥

がっこうはもうきまっていることをおしえる

わたしはまだきまっていないことがすき

まだなまえがないものがすき

どきどきしたいから

 これは谷川俊太郎さんの詩、『どうでもいいもの』の一節。

 その中の「まだなまえがないものがすき」とのことばをタイトルにとった個展を開催したのが、写真家の川島小鳥さんです。

 川島さんといえば、言葉を発する前の幼女のとてつもないエネルギーとかわいらしさをカメラに収めた『未来ちゃん』や、台湾で男女の姿を切り取った『明星』と、いつだって明るく瑞々しい画面をつくり上げてきました。

写真集『未来ちゃん』(2011)
写真集『明星』 (2014)

 今展はタイトルのとおり、駅のホームらしき場所や路傍の花、ひっそり並ぶラーメン店のカウンタースツールなど、呼び名を考えるにも至らぬまま過ぎていく、名もなき日常のささやかなものごとを捉えた写真で会場の壁面が埋め尽くされています。

 それらが、谷川俊太郎さんの詩の数々と組み合わせて展示してあるのです。川島さんがその意図を教えてくれました。

「写真と詩はけっこう近いものだな、前から勝手にそう思っていたんです。

はっきりしたストーリーがあるわけじゃなくて、ただその瞬間の感情をさっとすくい取るようなところなんかが。谷川さんの詩はいつも、意識していないけれどふだん感じていたはずのことに、あらためて気づかせてくれます。詩を読むと、

『ああ、こういう気持ち、自分のなかにもあるある!この詩、自分が書いたんじゃなかったかな?』と思ってしまうほど。

 谷川さんとは、前にも本や展示をいっしょにつくらせていただいたことがあって、そういえばそのとき谷川さんはおっしゃってました。

詩は自分が書いているというより、日本語という土壌のようなところから、自分がたまたま管のような存在になって吸い上げキャッチしているだけなんだと。その感覚は生意気ながら、僕の写真の撮り方に近いものがあるなと思いました。」

 たしかに谷川さんの詩と川島さんの写真は、展示会場ですんなりとなじみ一体化しています。どんな人も通覧すると、自分にとっての大切な瞬間が、きっと見出だせるはずです。

写真を撮るときは「光」を見ている 

 日ごろは定まったひとつの対象を、しばらくのあいだ追いかけて撮ることの多い川島さんですが、今回の出品作はそうではありません。被写体も撮影場所もバラバラですが、これはなぜ?

「去年のことだったか、これまで撮った写真を整理しようと思い立って、まとめて見返していたんです。

カメラはいつも持ち歩いているので、移動中なんかに撮った何気ない写真がたくさん見つかりました。何のために撮ったわけでもないし、撮ったことも覚えていないようなものですけど、なんだかおもしろく思えたんですよね。ほかの人が撮ったみたいに見えてきたりして。

じゃあこれで展覧会をやってみたらどうだろうと思って、やってみたのがこの展示になりました」

 目的もなく撮っていた写真ということだけど、とはいえどこかにカメラを向けて、ある瞬間にシャッターを押したのはたしかなこと。川島さんはそうした写真を撮るとき、いったい何に惹かれているのでしょうか。

「そうですね、光は見ているかな。だって光じゃないですか、写真って結局のところ。光から影にいたるあいだで起きていることを記録するというか。

 いま、ここにはどんな光が存在しているだろう、そんな視点から世界を眺めている感覚はいつもあるかもしれません」

 さらなる疑問は、川島小鳥さんの写真がいつも、「ああこんな光景、見たことある!」とつい声を挙げたくなるほど、だれにとっても感情移入できるものであること。写真の表面から川島さんの意図や思い、エゴがほとんど感じられないので、観る側の入り込む余地がたっぷりあるんじゃないかとも想像するのだけれど、どうなのでしょう。

「たしかに写真から、自分の存在を消したいと思っているところはありますね。

自分が能動的に世界観をつくり出すというよりは、透明になって相手をまるごと受け入れることをしたい。

 そういえば10代のころ、なんで時間って過ぎていってしまうんだろうというのが謎でした。18歳になんてなりたくなくても、絶対になっちゃうじゃないですか。じゃあせめて、いまこの瞬間をかたちに留めて残しておけたらいいなと思って、写真が気になりはじめたんですよね。

 その瞬間に起きたこと・見えたものを、なるべくそのまま撮りたいから、自分のことは外ににじみ出ないほうがいい。というか自分の感覚が作品のなかに残るのはちょっと気持ち悪いと思ってしまいます。

その点、写真はカメラという機械が絵をつくってくれるから、自分が撮っているけど少なくとも半分は自分のせいじゃないところがいい。それも写真を使って作品をつくる大きな理由になっていますね」

ちょっとしたことを見逃さないことが、作品のもとになる

 ものをつくる人はもっと、「自分の表現を少しでも多くの人に届けたい!」といった、熱くて強い想いが前面に出る印象もありますが、川島さんはまた違ったタイプということ?

「んーでも、自分の想いが根っこにあるのはたしかだし、それでじゅうぶんかなと思ってます。

作品をつくるときのはじまりは、『こういうのがいいな』とか『自分がこう変わりたい!』といった気持ちです。そういう感情が自分のなかに生じたからこそ、そこにつながる何かを見かけたときに『あっ!』と反応できるんだと思う。

そんな『あっ!』が積み重なって作品が出来上がっていくんですよ」

 川島さんは写真で作品をつくっていくうえで、どんな「ちょっとした挑戦」を続けていますか?

「『ちょっとした挑戦』っていう言い方、すごくいいですね。

というのも僕はちょっとしたこと、ささやかなことを見落とさないようにする、それをずっと続けてきたつもりなので。まだ名前がないようなちょっとしたことをこの世界から探し出して作品にする、それがずっと僕が挑戦してきたことなのかもしれない。

作品になるタネはほんとうに小さいものだったりするから、なかなか見つかりづらくって、新しいタネを探しているときは、闇のなかにいる気分です。

でも、そこはひとりでくぐり抜けていって、やりたいことを貫いていかないと。そうじゃないと、観てくれる人にとっておもしろいものにもならないでしょうしね。

最近はまた新しいきっかけを探しているところです。

早く『こんどはこれやろう!』と思える、いいものに出会えたらうれしいんですけどね。」

(文=山内宏泰 撮影=伊澤絵里奈)

川島小鳥さん

プロフィール

川島 小鳥(かわしま ことり)/公式サイト
早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、2007年に『BABY BABY』を発表、11年に『未来ちゃん』で第42回講談社出版文化賞写真賞を受賞。15年、『明星』で第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。その他の作品に『道』、画家・小橋陽介氏との共著『飛びます』、詩人・谷川俊太郎氏との共著『おやすみ神たち』など。

川島 小鳥 写真展「まだなまえがないものがすき」開催中!

川島小鳥写真展「まだなまえがないものがすき」展示風景

未発表作品を中心に、氏がこれまで撮り溜めてきた「数えきれない世界のカケラ」を写し撮ったモノクロ・カラー作品約100点を展示。

開催期間:2019年7月20日~2019年9月9日
 ※8月10日~8月18日 休館
場所:キヤノンギャラリー S(品川)
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