宇宙飛行が当たり前になる時代、「眼の病気を研究し地球の人の役に立ちたい。」CEO 窪田良

多くの人々の「挑戦」によって成し遂げられた人類初の月面着陸の偉業から50周年を記念し、期間限定の本サイトでは「挑戦」をテーマにさまざまなジャンルで活躍する人をクローズアップしていきます。

「MOON LANDING 50th ANNIVERSARY 月面着陸50周年記念サイト powered by 宇宙兄弟」

ムッタやヒビトのように、宇宙飛行士となることだけが道じゃない。宇宙と関わるには、いろんな方策があるものだ。

「放射線障害などに次いで、宇宙飛行士にとって大きなリスクとなるのが視力低下。課題の解決に、うちの技術が大いに役立ちそうなのです」

と言うように、「眼」という観点から宇宙開発に大きな貢献を果たそうとしているのが、窪田製薬ホールディングスのCEO、窪田良さん。

製薬や医療機器開発の分野で事業を展開するバイオベンチャー企業・窪田製薬ホールディングスは2019年、NASAと眼科診断装置の開発受託契約締結を発表した。

「私たちが開発しているものに超小型眼科診断装置があります。コピー機ほどの大きな機器を、双眼鏡サイズにまで小さくしたもので、これなら宇宙船に積み込むことができる」

スペースや重量の関係上、宇宙船には必要最小限のものしか積めないことは容易に想像できる。そのなかで眼の検査機器ってどうしても必要なの? と思ってしまうが、じつは是が非でも搭載したいもののひとつ。先に窪田さんが述べた通り、眼の健康は宇宙開発を進めるうえでかなりの重要事なのだ。

「無重力の宇宙に出た人の身体には、いろんな負担がかかります。筋力低下、循環器機能低下、認知機能低下、骨密度低下、などなど。そのうちのひとつに、長期滞在していると視力が落ちてくるという現象があります。現在分かっているのは重力の関係で、眼の水晶体が扁平化することが知られています。視神経の死滅も増えます。これらのメカニズムをはっきりと解明するには、宇宙空間で診断をしなければいけません。何かの治療法を開発するには、実際に病態のある患者さんを診て、対処法を見つけないといけませんから。

放置すると、宇宙飛行士が地球に戻ってから視力障害を発症するおそれがあるので、これは優先度の高い課題なのです」

現状、比較的スペースが確保できるISSには、眼の検査機器があるのだというが、大きすぎるので宇宙船に載せておくのは無理だ。医師が使う仕様になっているため、眼科医ではない宇宙飛行士が扱うのは少々難しい。

「私たちが開発しているのは、ゆくゆくは家庭で眼科検診ができるようにするためのもの。使い方も現状のものよりずっとシンプルで確実になります。NASAとのプロジェクトはぜひ成功させたいですね。人が宇宙へどんどん進出していくことになったとき、これは必須の技術になります。ビジネスとして考えれば、宇宙空間での眼科診断装置がすぐに飛ぶように売れることはあり得ませんが、ここは長期的視点で考えないと。地球の人の役に立つ、そう感じられらたので、話に乗ることを決断しました」

もともと窪田さんは医師でもある。人の健康に資することならするというマインドが備わっているゆえ、NASAとのプロジェクトに全力で取り組むこととなったよう。

さらにいえば、窪田さんにとって宇宙は思い入れのある対象でもあった。若き日、宇宙飛行士を目指して試験を受けたこともあったのである。

「大学院生のときのことですね。身体検査ですこし引っかかるところがあって通らなかったのですが。そのころは、一度きりの人生ならばあらゆることにチャレンジしてみたいと思っていて、そのうちのひとつとして宇宙飛行士も夢見たんです。

結果的に宇宙とは違う道を進んできたわけですが、いつだって何かにチャレンジすることは継続してきたつもりです。そうするとまた宇宙との出逢いがあったわけで、おもしろいものです」

絶えず挑戦する−−。それが窪田さんの活動を貫く方針のよう。いったいいつから、どのようにして形成された思いなのだろう。

「小さいときから好奇心のかたまりではありました。なんでもやってみようという気質は生まれつきですね。あとは、子ども時代を米国で過ごしたんですが、そこでけっこう人種差別的な扱いを受けたことがあります。自分が存在すること、それ自体を許してもらえない世界があるんだ……、とつらかった。だから人に許されたい、存在を認められたいという気持ちが強くなって、そのためにはすごく役立つことや、他の人にはできないことができるようになればいいんじゃないか? そうしたら生きることを許されるのでは。そんな発想をするのが、生きる術として習い性になっていったんです。それで、ちょっと過剰なほど、人がやらないことをやろうという生き方になったところがあるかもしれませんね」

差別などを克服して、医学の道へ進んだ窪田さんは、そのまま医師になるに留まらず、創薬や医療機器開発を手がけるベンチャー企業を、米国で立ち上げた。これも飽くなきチャレンジ精神の為せる業といえそう。

「まずは医師として社会に出たわけで、そのまま日本でやっていても充実した人生を送れたとは思うけれど、どうも僕はすぐ賭けに出たくなるタイプなので(笑)。医療ベンチャー企業をやっているのも、何も一攫千金のようなことを考えているわけじゃなくて、もっとこう、世界を変えることに興味があって、医療の世界でそれができそうなのはベンチャー企業という形態だろうと思うから。だって新しい価値を創造するのが、世の中でいちばんおもしろいことじゃないですか」

窪田さんの強くて熱い気持ちと、長年培ってきた高い技術が宇宙にまで届く日は、案外近いんじゃないだろうか。

<プロフィール>

窪田 良(くぼた りょう)

窪田製薬ホールディングス株式会社、代表執行役会長、社長兼最高経営責任者
Acucela Inc.、会長、社長兼最高経営責任者
慶應義塾大学医学部客員教授
全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research; NBR) 理事
NASAディープスペースミッションNASA HRP Investigator(研究代表者)
米国眼科学会(AAO)、視覚眼科研究協会(ARVO)、日本眼科学会、慶應医学会、在日米国商工会議所(ACCJ)、一般社団法人日米協会会員。ワシントン州日米協会理事。Forbes Japanオフィシャルコラムニスト、Japan Timesコラムニスト、慶應義塾大学医学部新聞編集委員。著書『極めるひとほどあきっぽい』(日経BP社)、『「なりたい人」になるための41のやり方』(サンマーク出版)。