『宇宙兄弟』は変化のきっかけをつくる本。キャラクターの葛藤を読み解くといい。組織開発ファシリテーター 長尾彰

多くの人々の「挑戦」によって成し遂げられた人類初の月面着陸の偉業から50周年を記念し、期間限定の本サイトでは「挑戦」をテーマにさまざまなジャンルで活躍する人をクローズアップしていきます。

「MOON LANDING 50th ANNIVERSARY 月面着陸50周年記念サイト powered by 宇宙兄弟」

「ちょっとだけ無理なことに挑戦してこーぜ」

 ムッタは、また『宇宙兄弟』は、作品やこのサイトを通じて高らかにそう主張しています。ですがこれは何も、明日から大冒険に出かけなければ! というわけじゃありません。

 もっとささやかなことから、挑戦は始めることができるはず。たとえば、日ごろ関わっている人に対する接し方を、すこし優しくするとか。または自分が属している集まりのなかで、ちょっとだけ立ち位置を変えてみるとか。そこから、何かが動きはじめるかもしれないのです。

 そんな変化のきっかけになりそうな本が、このたび刊行されました。

 組織開発ファシリテーター長尾彰さんの、『宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいく チームの話』(Gakken)。

 長尾さんは企業からスポーツの現場まで、ありとあらゆる環境でのチームビルディングに携わり、これまでの実施回はじつに3000を数えます。近年は「エア社員」の肩書きのもと、さまざまな企業に入って内側から組織づくりに関わっています。

「リーダー」「チーム」を考えるのは時代の要請

 同書で長尾さんは、『宇宙兄弟』のストーリーやキャラクターを例にとり、よりよきチームの築き方をわかりやすく解説しています。ちなみに長尾さんが『宇宙兄弟』をテーマに本を書くのはこれが2作目。前作は『「完璧なリーダー」はもういらない。』で、リーダーシップのあり方について説いてくれました。

 そういえばたしかに、リーダーシップやチームづくりの話は、このところビジネス界隈を中心い盛り上がっているトピックス。いまなぜそうしたトピックスに、人の目がかくも向いているのでしょう。長尾さんがこう教えてくれます。

「時代の変化はあるかもしれませんね。硬めの言い方をすると、かつて情報は送り手と受け手のあいだで非対称だったのが、インターネットのおかげで対称になってきて、何事も実態がよくら知れるようになってきました。

 昭和のころなんかは、メディアの側で「これがいいのだ」とトレンドをつくり、多くの人はそれに付き従ったものでした。40代以上くらいの人なら、『いつかはクラウン。』というキャッチコピーに聞き覚えがあるのでは? 30歳くらいまでに結婚して、40歳までに郊外に家を建て、60歳まで働いて、ある程度まで出世できたら高級車クラウンを購入する。これが成功した人生モデルとして信じられていました。

 そうした通念を形成できたのは、ひとえに情報が非対称だったから。メディアの流すものが得られる情報のほとんどすべてであって、「高度経済成長だ、みんなで金持ちになるぞ!」というメッセージを受け入れるのは当たり前のことでした。

 そういう時代には、みんながリーダーシップを持つことや、自分たちでチームをつくるという意識、人を導くコーチングという考えなんかもいらなかった。でも、日本はこの70年ほど戦争もなくて、人が自由にできることがどんどん増えて、どうしてもだれかのいうことを聞かなくちゃいけないこともなくなった。

 みんながどう生きていくといいかは、もうだれも教えてくれないんです。そこでコーチングが生まれて盛んになり、リーダーをつくったりみずから担ったりすることも必要になってきたということなのでしょう」

作品を「ファシリテーター読み」する

 本書で長尾さんは、ムッタ、ヒビト、せりかたちキャラクターを例にタイプ分けをし、タイプに合ったチームの育て方を提案しています。もちろん自分がどのタイプかを割り出し、チームづくりを進める参照にする読み方ができると同時に、「チーム」という視点から各キャラクターを読み解き直すこともできそうです。

「そう、それぞれの人物の個性を改めて捉えることもできますよ。たとえば僕から見ると、ムッタはチーム内で何か怒りたいことがあっても、なかなか怒れないところがあるように思える。それは、兄として完璧でなければいけないという信念がずっとあるのに、自分ではできていないと感じているから。

 ヒビトは働く人として意外に弱くて脆いところがありますね。いちど宇宙が怖くなってしまったけれど、それをチームの人間にもさらけ出せないので、隠れてリハビリしていたわけです。

 せりかは、父の命を奪ったALSという病気に対して、本当は腹を立てているのでは。そうじゃないと、何が起きても折れずに最後まで宇宙空間でのALS研究に打ち込む強さは得られない気がする。本人も気づかないような深いところでの怒りや悔しさが根っこにあると思います。

 それぞれが、『こうしたいのにできない』という葛藤を抱えているように見えます。でもそれが彼らを行動に駆り立てている面もある。葛藤って大事だなと、作品から教えられました」

 なるほど「チーム」視点で眺めると、登場人物の違った面が見えてきます。作品自体もチームという観点から読んでいくことができる?

「僕はいつも、描かれているエピソードには出てこない人物が、その時間に何をしているかを想像しながら読んでいますよ。ムッタがフィリップとともに月面に残されているとき、NASAの先輩宇宙飛行士ムラサキは、JAXAの茄子田さんはどうしているだろうなどと。どんな物事も、そこだけで起きているわけじゃなくて、いろんなことや人とつながっていますからね。つねに全体像を見て、そこにあるシステムを知ろうとするのは、かなり組織開発ファシリテーターっぽい読み方なのかもしれません」

「やっぱりやりたいこと」リストをつくった

 本書の本文中には、ハッとさせられる項目がたくさん出てきます。

「チームづくりは、2人から始めましょう」

 という提案もそのひとつ。チームというからにはまず5〜6人ほど集めてスタートしなければ、といった漠とした思い込みをあっさり壊してくれます。

「何事もひと足跳びではうまくいかないものです。まずはひとりの仲間を探す。それができたらもうひとり、またひとりと進めていかなければ。『人はあなたの思い通りになんてならないもの』ということを肝に銘じておきたいところです」

 それに、どんなチームであれ、人が寄り集まってできていることはまちがいない。そこに目を向けず、大所高所からチームの全体だけを見ていても何もわからないままになってしまいます。大きい組織のリーダー、たとえば企業の経営者のような方には声を大にして言いたいです。チームをつくるときは必ずメンバー一人ひとり、『個』のことをちゃんと見ましょうと」

 さて長尾さん自身は、これからどんな挑戦をしていきたいだろうか?

「すべての基本が健康というのは本当です。健康第一。ちゃんと運動していこうと最近強く思っています。これからの時代の経営組織は、構成員の身体のことを真っ先に考えるようでなければ。メンタルヘルスはすでに当たり前、フィジカルなヘルスもちゃんと追い求めるべきです。

 それからもうひとつ。これまでの僕にとっては、ファシリテーターとして誰かの挑戦を支えることが仕事であり、挑戦でした。でも長くやっていると、ひとつ疑問が浮かんできます。ところで、自分自身はいったい何に挑戦したいのか? と。

 そこで僕は先日、「これまでにやってみたいと思ったけどどうせできないしいいや、と見なかったことにしたがやっぱりやりたいことリスト2019」というものをつくりました。

 洞窟探検したい、金髪にしたい、サーフィンやりたい、映画をつくりたい、などなどを書き出したのです。49項目にもなったのですが、それらすべてにチャレンジしたいですね。

 人が見たら簡単なことだったりばからしく感じられるかもしれないけれど、それでかまわない。人に合わせたりまわりの目を気にしながら自分のチャレンジを決めてもしかたがないし、自分がやりたいと思ったことは何だって尊いんです。あくまでも自分にとっての挑戦をしていきたい。そういえば、2冊目となったこの本を出すこともまた、絶対にやりたかったことのひとつ。意思を持って挑戦したことが、こうしてかたちを成すというのはうれしいかぎりです」

(文章:山内宏泰 カメラマン:布川航太)

プロフィール
長尾彰(ながお あきら)
組織開発ファシリテーター。日本福祉大学卒業後、東京学芸大学大学院にて野外教育学を研究。企業、団体、教育、スポーツの現場など、約20年にわたって3000回を超えるチームビルディングを実施。現在は複数の法人で「エア社員」の肩書のもと、組織開発や事業を通じた組織づくりをファシリテーションする。
株式会社ナガオ考務店代表取締役、一般社団法人プロジェクト結コンソーシアム理事長、NPO 法人エデュケーショナル・フューチャーセンター代表理事、学校法人茂来学園大日向小学校の理事を兼任する。著書に『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』(学研プラス)がある。

〜INFORMARION〜
『宇宙兄弟 今いる仲間でうまくいく チームの話』

(学研プラス刊/長尾彰)