「本当に役と密になれているときって、なんというか真空状態みたいなんです。」俳優 上白石萌歌
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全く新たな物語で稀代の悪女・お勢を描く、劇作家/演出家・倉持裕の最新舞台!
舞台『お勢、断行』が、2020年2月28日(金)~3月11日(水)、世田谷パブリックシアターで上演される。
ときは昭和初期。資産家の財産を巡り、大小さまざまな罪を犯す人々に、独自の倫理観で制裁を加えようとするのが主人公お勢である。
倉科カナさん演じるお勢の側で、まったく異なる価値観を持って生きる異質の存在、晶役を演じるのが上白石萌歌さんだ。
「倉持裕さんの舞台は以前から好きで、よく足を運んでいました。何がすごいって、言葉の使い方が巧みで! いつもひとつは持って帰りたくなるような言葉があるんです。いろんな種類の笑いが盛り込まれていることにも驚いてしまう。わたしってこんなシーンで笑うんだという発見があるんです。
姉(上白石萌音)が以前、倉持さんの作品『火星の二人』に出演したときは、いったん鑑賞して、家に帰って姉に台本を読ませてもらって、もう一度鑑賞にいきました(笑)。それくらい好きでハマってました」
そう話す萌歌さん、念願叶い倉持作品への初参加と相成った。
「今回、わたしはお嬢様の役なんですが、何より言葉づかいにとまどっています。聞きなれない言葉、言い回し、所作を使いこなさないといけないので……。
こういう時代と状況の役には今まで巡り会ったことがなかったので、まずはどう言葉を噛み砕いていこうかなと。でも、古風な言い回しを口にしていると今の言葉とは違った独特の美しさ、やわらかさを感じられるようになってきました。揉み合うような激しいシーンでも、言葉は凛として美しいまま。その感覚を大事にして演じていけたらと思っています」
12歳のときにテレビドラマでデビュー。以来、いつも何かを演じ続けてきた。新しい役と出会うたび、自分が更新されていく感覚があるそうで、今回の役も自身にとっては新境地だという。
「演じるということがわたしにとっては何より面白いです。演じる人物から、新しい感情を教えてもらえるので。役を演じるたび、『自分の中にこんな感情が眠っていたんだ』と驚きます。
これまで演じてきたいろんな役から教えてもらったものはたくさんあって、それらでいまのわたしという人間ができていると思えます。
もともと人見知りで、人と会話もうまくできない子どもだったから、もし役者という仕事に出会えてなかったら、ずっと自分の内側の狭い世界で生きてたんじゃないかなと。だから、演じることが仕事になる世界にいられて、本当によかったと思っています」
映画『羊と鋼の森』ではピアニストの高校生役を。好評を評したドラマ『3年A組―今から皆さんは、人質です―』では、大きな謎の鍵を握る重要な役どころに。『義母と娘のブルース』では娘役を繊細に演じた。
アニメ映画『未来のミライ』では声優を務め、ミュージカルにも多数出演するなどジャンルを問わず、幅広い役柄を演じてきた。
次々と新しい役柄になりきる「切り替え」と「没入」は、どんな方法でしているのだろう。
「新しい役に入るとき、必ずする儀式があります。演じる役に対して、脳内で向かい合って、『よろしくお願いします』と深々と頭を下げて、正式に挨拶をします。その役に対して最大の敬意を払いたいので。
あとはこれも脳内で、役の人物を質問責めにします。『どんな食べ物が好き? 色の好みは? 犬派か猫派か?』などなど、細かいことまで訊いていって、その人の細部まで想像していくんです。
台本に書かれている役柄人物の情報って、意外に少ないもので、ストーリーとは関係ない部分についてもその役柄のことを知っておけば、演じていてふとしたときに、役の深みを出せるんじゃないかと信じているんですよね。
マニアックかもしれないですけど、これらはわたしが何かを演じるうえでは、必要不可欠な作業なんです」
出演ジャンルが多岐にわたるなか、“舞台”という場には特別な思い入れがあるのか。
「舞台に立つというのはわたしにとって、特別なことですね。映像作品は演じたあと、落ち着いた状態で感想をいただくことが多いんですけど、舞台はお客さんがその場にいますからね。ひとつの空間をいっしょにつくっているんだということを強く思います。
たとえば、お芝居をしているときに、もしもお客さんのひとりが突然立ち上がって叫び出したら、その作品は中断されてしまうじゃないですか。舞台はお客さんと演者のどちらにも常に緊張感があるのがいい。毎回お客さんの反応も異なりますしね。作品をともに築こうという連帯感はいつもありますよ。
それに、作品自体との距離を縮められるという実感もありますね。
映像作品の現場はセットが細かく作られていても、そこにはカメラマンさんや音声さんがいて、制作の裏側がつねに見える状況で。でも舞台って、舞台上にいるあいだは作品世界の時間がずっと続くし、演じる側としてもどんどんその世界に入り込んでいってしまう。なんというか、舞台の上は作品と密になれる空間だなと感じます。
お稽古期間もけっこう長くて、作品を深く掘っていけるし、他の演者さんとのチームワークもどんどん熟していく。たくさんのプロセスを経ながら作品と仲良くなっていく、その時間すべてが舞台の醍醐味です」
生の舞台という場に立つときに、怖さを感じたりは?
「いやあ、怖いですよ。ただその怖さって、舞台上で緊張してセリフが出てこなかったらどうしようとか、動きを間違えるかもしれない……という怖さではなくて。
舞台って演技がずっと続くので、気を抜くと板の上にいるのに役がどこかへ行ってしまって、素の自分がそこにただ立っていることになってしまうかもしれない。それが何より怖いんです。
自分が舞台の上でそうなっちゃっている夢を見たりするくらい、役が抜けてしまうことだけは恐れていますね。
やっぱりどれだけ役に入り込めるかが、いいお芝居のポイントだと思うし、役者として自分が求めるものもそこにあります。本当に役と密になれているときって、なんというか真空状態みたいなんです。いまほかの場所で何が起こっているかなんてすべて忘れてしまって、役柄の時代や空間に没頭してしまいます。
その状態になることこそ、演じるうえでのいちばんの快感なのかもしれません。」
今回の舞台初日には、二十歳の誕生日を迎える。記念すべき公演に、さてどんな気持ちで臨むだろうか。
「器の大きい、どっしり構えてくださる先輩方がたくさんいらっしゃる舞台なので、わたしは失敗を恐れずぶつかっていきたい。善でも悪でもない、まだ何にも染まっていない『晶』という人物の、心のうつろいをこまやかに表現できたらと思います。」
『お勢、断行』公演情報