『宇宙兄弟リアル』トークイベント!JAXA宇宙飛行士を支える人々

2019年11月30日に、書籍『宇宙兄弟リアル』に登場したゲストをお迎えし、アポロ月面着陸50周年記念 TeNQ×宇宙兄弟スペシャル企画『宇宙兄弟リアル』トークイベントが開催されました。

書籍『宇宙兄弟リアル』では、宇宙兄弟に登場するキャラクターのモデルとなった仕事に着眼し、JAXAで宇宙開発最前線の現場で働く実在の人物を取材しています。

今回トークイベントに登壇したのは、元「宇宙飛行士ユニット長」と、現在「宇宙飛行士マネージャー」を務める立場のお二人。本トークイベントでは、JAXA宇宙飛行士を陰で支えている人々の現場やその想いなど、リアルなお話を聞いてみました!


元宇宙飛行士ユニット長

JAXAで働く実在の人物

上垣内 茂樹

日本人初の宇宙飛行士の訓練・健康管理・実験の計画立案と、訓練の実施を担当。 日本の有人宇宙開発における生き字引とも言える 存在。現在は、公益財団法人日本宇宙少年団理事に就任。

『宇宙兄弟』キャラクター

星加 正

ムッタたちの活躍の陰で支えてくれる有人宇宙技術部副部長。トラブルに際し誰よりも宇宙飛行士個々のことを大切に想い優先し、情と冷静さで常により良い道を探る。


宇宙飛行士マネージャー

JAXAで働く実在の人物

中山 美佳

文科省職員や営業職などを経てJAXAに入社した異色の経歴の持ち主。宇宙飛行士・運用管制ユニット宇宙飛行士グループに所属し、現在7名のJAXA宇宙飛行士たちの業務支援を行っている。

『宇宙兄弟』キャラクター

小町 ミチコ

ヒューストンに滞在するJAXA宇宙飛行士たちの頼れるオカン。渡米のアテンドや、スケジュールの伝達、家探しを手伝いと何かと世話をやいてくれる。値下げ交渉などもバリバリ行う。


日本で初めての宇宙飛行士の訓練を立案

日本人初の宇宙飛行士に選ばれた毛利さん・向井さん・土井さん。
当時、若くして担当者となった上垣内さんが、日本では全く経験のなかった彼らの訓練や実験計画を試行錯誤しながら一から築き上げました。

飛行機を使った無重力状態での訓練に、土井さんと一緒に臨む上垣内さん

  この頃、宇宙飛行士の養成を分かっている人は誰もいませんでした。
日本はもちろん初めてですし、スペースシャトルもそんなに打ち上がっていたわけではなかったのでNASAも結構、暗中模索状態でした。
毛利さん・向井さん・土井さんの3人の宇宙飛行士たちと意見交換をしながら切磋琢磨し、一緒になって訓練計画を作っていきました。

ー 日本人宇宙飛行士の訓練だけではなく、NASAの宇宙飛行士の訓練も担当されたそうですね?

 この時のミッションで行われた34の実験は、日本人の宇宙飛行士だけではなく、NASAの宇宙飛行士も行いました。
ですから、NASAの宇宙飛行士に“約6ヶ月間訓練のために日本に来てほしい”と掛け合いました。

ー この時、上垣内さんにある事件が起きたようですね。

 当時、NASAの職員たちから怖いと評判だったNASAの宇宙飛行士室長から、秘書を通じて呼び出されました。

「なぜ、NASAの宇宙飛行士への訓練が6ヶ月もかかるんだ」
「何をやろうとしているのか、ちゃんと教えてくれ」

そう言われ、こちらも説得しようとしたので、押し問答が繰り広げられました。
話は平行線でしたが、帰国して、ちょうど出来上がってきた訓練用のマニュアルや手順書を、段ボール4箱分ほど詰めて送ったら、それ以上言われることはありませんでした。
結果的に6ヶ月は無理でしたが、最終的な落とし所として2ヶ月半NASAの宇宙飛行士が日本に来て、実験の訓練をこなしました。

ー NASAの宇宙飛行士室長の所に行く時に緊張しませんでしたか?

 あまり緊張はしなかったですね。
自分は日本で、相手はNASA。立場が違うので、相手の言う通りになる必要はないと思っていました。
言うべきところは言う。この仕事を通じて随分学びました。

宇宙飛行士マネージャーの仕事

地上においても多忙を極めるJAXA宇宙飛行士たち。彼らの業務を円滑にするべく、秘書的な役割を担っているのが、宇宙飛行士マネージャーの中山さんです。

筑波宇宙センターで撮影したJAXA宇宙飛行士7名と中山さん(右)

 日本を代表する宇宙飛行士の秘書的な役割をする人は、一人の宇宙飛行士に対し一人就いているイメージがあると思います。けれど、実際は7名全員の宇宙飛行士としてのサポートを、筑波側は私ともうひとり、ヒューストンでひとりが担当しています。そして現時点では若田さんは理事という役職に対して秘書が別についています。

ー 宇宙飛行士マネージャーは、具体的にどのようなお仕事なのでしょうか?

 7名のJAXA宇宙飛行士たちの特性や性格を見極める必要のある仕事です。
訓練・会議・取材・他部署からの依頼案件など、宇宙飛行士と社内外との調整を、同時進行で段取りよく進めていきます。どの時点で当人の宇宙飛行士に伝えるべきかなど、両方の状況を見抜きながら調整します。
また社内外からの依頼に対し、場合によっては「この宇宙飛行士だったら、こう言うよ」、「きっとこう考えるから、こうしたほうがいいよ」と、宇宙飛行士の考え方についてアドバイスを行うこともあります。

ー 相当な目配り・気配り・心配りが必要な業務ですね。

 もともとあった宇宙飛行士への憧れも、それだけでは仕事ができないということを入社初日に理解しました。
“相手も一職員、私も一職員”という同等の立場でいかないと、この仕事ができないと自覚したんです。

NASAからの名誉ある受賞

お二人の仕事ぶりが認められ、それぞれにNASAから名誉ある賞が授与されました。

上垣内さんが受賞したシルバースヌーピーアワード

「シルバースヌーピーアワード」は、有人宇宙飛行の安全性やミッションの遂行に貢献した人物を表彰する賞です。飛行の安全を監視する番犬としてスヌーピーがシンボルになっています。表彰者は関係者の1%未満という厳しい審査基準があり、このバッチを身につけているとNASAから一目置かれます。

シルバースヌーピーアワードのスヌーピーバッチ

ー 上垣内さん、 どのような経緯でシルバースヌーピーアワードを受賞されたのでしょうか?

 毛利さんのミッションで私がNASAの宇宙飛行士を含めて訓練したり、いろいろな調整や、地上での管制の貢献を認めてもらったのだと思います。
私一人の力ではないのですが、その中の代表として賞をいただくことができました。
この時、NASAはアジアの国と手を組んで有人宇宙開発をするのも初めてでしたから、NASAにとっても貴重な経験だったと思います。

ー 呼び出されたNASAの宇宙飛行士室から賞を頂いたそうですね。これは、大逆転ですよ!

中山さんが受賞したグループアチーブメントアワード

「グループアチーブメントアワード」は、業績や管理、チームの成長などに貢献した優れたグループに対し、NASAがその成果を讃える賞です。

グループアチーブメントアワードの証書

ー 中山さん、グループアチーブメントアワードはどういった経緯で受賞されたのでしょうか?

 この賞は大西ミッションの時に、ファミリーサポートチームの一員としてNASAからいただきました。宇宙飛行士の野口さんが、NASAに推薦してくださいました。
ファミリーサポートとは、フライトする宇宙飛行士に宇宙で最大限のパフォーマンスを発揮してもらうため、出来るだけご家族に関する心配を軽減すべく、JAXAが支援するものです。
そのため、宇宙飛行士のご家族と地上でサポートする私たちとのお互いの信頼関係が大切です。
野口さん自身がファミリーサポートの重要性を身にしみているのもありますが、きっと普段の業務でも認めてもらえていなかったら、多分推薦はなかったと思います。

JAXAのファミリーサポート

宇宙飛行士は命がけでミッションに取り組んでいます。それを改めて気付かせてくれるのが、2003年に起きたコロンビア号帰還中の墜落事故。この事故で7名の宇宙飛行士の尊い命が失われました。

コロンビア号の事故で犠牲となった7名の宇宙飛行士たち

ー コロンビア号の事故により、野口さんのミッションは長期間延期されました。このような経験が彼自身にあったので、ファミリーサポートの業務に理解を示していらっしゃるのでしょうね。

 こういう事故を教訓にしながら、ファミリーサポートのあり方も変わっていきます。それに合わせてNASAと協調する部分や、JAXA独自で進めていく部分も出てきます。
現在は、このファミリーサポート業務を含め、地上のサポート要員で構成される「宇宙飛行士支援隊」というのを編成しています。
このあたりの話は、上垣内さんにお任せします。

 宇宙飛行士と同様に、地上にいる宇宙飛行士支援隊も、実際に問題が起こった時のことを想定して訓練をしています。
いつ何が起こってもみんなで情報を共有し、宇宙飛行士の支援や、必要な情報をNASAやロシアに伝達できるよう、フェーズごとに何度もシミュレーションを重ねます。

ー 上垣内さん、ファミリーサポートをどこまで家族に伝えるのか、JAXA内部で紛糾したそうですね。

 コロンビア号事故の時もそうだったんですけれど、情報は未確認でも様々な段階で入ってきます。
宇宙飛行士支援隊として、どの段階で宇宙飛行士のご家族に伝えるのがベストか、私と担当の課長さんと話していて、大激論になったこともあります。
僕はその情報がたとえ不完全だとしても、ご家族と宇宙飛行士支援隊との信頼にも関わることなので、JAXAに入ってきた情報はすぐにご家族に伝えるべきだと考えます。
しかし、担当の課長さんは違っていて、組織としてちゃんと確認できた情報だけをご家族に伝えるべきだと言いました。
結局、結論は出ませんでしたけどね。

ー どちらにも意があると言うことですね。

宇宙飛行士の資質

命がけのミッションをこなす宇宙飛行士たち。彼らにどのような資質が求められているのでしょうか。

ー 上垣内さんは宇宙飛行士選抜試験の審査官も担当されましたね。
2008〜2009年に行われた選抜試験では、油井さん・大西さん・金井さんの3名が選ばれました。どのような状況で審査を行ったのでしょうか?

  選抜過程で絞られた50人の面接をしました。また、さらに選抜された10人が閉鎖環境適応訓練設備に入って、1週間いろいろな作業を朝から晩まで行うところを審査しました。
私が審査した試験は、2チームに分かれて、プログラミングを駆使しLEGOのロボットを1週間で作って、最後にプレゼンテーションを行うというものです。
プレッシャーをかけるために、途中で完成のスケジュールを早めさせました。そうすると、 彼らは作業計画を全部変える必要があります。
さらに、中間評価ではボロクソに言ってプレッシャーをかけ、チームでちゃんと対処するかどうかを審査しました。

ー 何を基準に、どんなところを見ていたのでしょうか?

 宇宙開発においては、「最後まで諦めない」ということが大事です。
チームで仲良く、最後まで乗り切れるかというところを見ていました。
宇宙飛行士にとって一番の任務は「無事に地上に帰ってくること」です。
今の宇宙船は進化していて、基本的に自動操縦で制御されているから、少しぐらい何かあったとしても帰ってこれる。
ところが、宇宙ステーションにいる宇宙飛行士の心の問題で、他の宇宙飛行士や離れた地上管制官とのコミュニケーションが上手く取れず、仲が悪くなるという例は実際にいくつかあります。
命がけのミッションを行う宇宙飛行士にとって、これはとても危険な状態です。
ですから、日本だけではなく世界の宇宙機関が「どんなことがあっても我慢ができる。かつ協調性が持てる」という観点で宇宙飛行士を選んでいます。

ー 中山さんは、宇宙飛行士の資質が如実に分かるシーンとして、『宇宙兄弟』に描かれているあるシーンをあげています。

「人を選ぶのは結局 人の“情”の部分でしょう」

漫画『宇宙兄弟』♯14「白煙天国」

 このシーンをあげたのは、理性を求められる技術開発の世界に“情を挟んでいい”ということにインパクトを感じたからです。
私はもともと感情を表現したりする音楽家なので、JAXAに入って戸惑ったのは、皆さん淡々と平静に仕事をしている中で、自分の感情的な部分を圧し殺さないと仕事ができないと思っていたことでした。
けれど、こんな究極な場面においても、「一緒に仕事をしたいかどうか」という情もやっぱり大事で、感情的な部分があってもいいのかなと思えたシーンの一つでした。

 私も審査員を担当した時は、“この人と一緒にミッションをやっていく。そういう仲間になれるか”というところが、常に評価として頭にありました。

新たな挑戦と、宇宙開発の意義

地上で支えるスタッフ、そして日本の有人宇宙開発が挑戦する新たなプロジェクトが立ち上がりました。ギリシャ神話に登場する月の女神の名前から名付けられた「アルテミス計画」です。月面に宇宙基地を作り、月、そしてさらに遠くの火星を目指すことが本格的に再開された惑星有人探査。アメリカ・日本・カナダ・欧州がこの計画に参加を表明し、アポロ計画以降途絶えていた月への有人探査が再開します。

ー この計画のために現在、新型の打ち上げロケットや宇宙服、そして宇宙船を現在開発中だそうですね。この新たな挑戦に向けて、地上で支える側の立場としてどのようなことが言えますか?

 月、火星にこれから向かう第一歩として、アメリカの民間企業が開発した新しい宇宙船でISSに打ち上がることが予定されています。安全面や運用面を今NASAの方から情報収集している最中で、まだ見えていないところもたくさんありますが、徐々に報道が増えてきて、皆さんの目にも触れる機会があると思います。ぜひ一緒に見守っていただき、応援していただけると、この計画も乗り越えていけるのかなと思います。

 この惑星有人探査は、国際協力で地球からずいぶん離れた月や火星に行こうとしているので、私も期待してみています。
もう一方では、民間の様々な会社が宇宙旅行をできるようにしていこうという動きにも注目しています。

ー 宇宙開発を人類が続けていく意義について、どうお考えでしょうか?

 私たち人類は、宇宙から見たら、地球の表面にへばりついて生きているように見えるでしょう。地球から宇宙空間に離れて見て、本当に宇宙規模でも私たちが三次元で生きていると感じられるのは、まだ宇宙飛行士だけだと思います。
皆さん宇宙飛行士は特別な人たちと思っているので、その感覚を自分たちと共有するところまでには至りません。
けれど、民間の宇宙旅行が盛んになり、自分やその身近な人が宇宙から地球を見るようになると、みんなが共通した感覚を持つようになるでしょう。
そうすると、人々みんなの世界観が変わって、人類は進化していきます。本当に宇宙に行く意義というのは、そういう世界観が変わることにあるのではないでしょうか。

ー 上垣内さん、中山さん、貴重なお話をありがとうございました!

まとめ

今回、異なる立場のお二人から、情熱を注ぎ宇宙飛行士たちを支えている想い、さらなる有人宇宙開発の可能性を感じさせるお話など、限られた時間の中で幅広く聞くことができました。

『宇宙兄弟リアル』の書籍では、現場のリアルな空気感をさらに詳細に感じとることができます。
宇宙開発最前線で起きたリアルな物語が気になる方は、『宇宙兄弟リアル』の書籍もぜひお手に取ってみてください!

書籍『宇宙兄弟リアル』

『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を『JAXA』の中で探し出し、徹底取材した書籍が出ました!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けします。


本記事は、2019年11月30日に行われた“アポロ月面着陸50周年記念 TeNQ×宇宙兄弟スペシャル企画『宇宙兄弟リアル』トークイベント【リアルの現場にはマンガと同じ感動があった】”の内容を起こしたものです。

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執筆者プロフィール

ゆみ
星空をこよなく愛する宙ガール編集部員☆『宇宙兄弟』公式サイトにて、宇宙関連情報記事のライターを担当。

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